平成9年
国民生活白書
働く女性 新しい社会システムを求めて
平成9年11月
経済企画庁
第I部 女性が働く社会
第1章 社会で働き出している女性
(本格的な高齢社会へ)
21世紀には本格的な高齢社会が確実に到来する。65歳以上高齢者の総人口に占める割合は,1995年に14.6%であったが,国立社会保障・人口問題研究所の椎計(中位推計)では,その割合が今後急速に上昇し,2010年には22.0%,2025年には27.4%になると見込まれている。同じく,70歳以上高齢者の割合は,1995年の9.5%から,2010年の15.8%,2025年の21.7%と推移していくと見込まれている。
(働き手の割合が減少する時代へ)
人口高齢化は社会経済に様々な影響を及ぼすとみられるが,その中でも大きな問題は,総人口に占める働き手の割合が減少することである。働き手として生産する人口の消費する人口(総人口)に対する割合が小さくなっていけば,一人当たりの消費可能量の増大はそれだけ制約され,ひいては国民生活の向上が制約を受けることになる。より具体的な問題として,高齢者の増加により年金,医療など社会保障の負担が確実に増えるのに対し,労働力人口が減ることになれば,負担の原資は増えにくく,高齢者を支えることが難しくなる。さらに,個々人は高齢期に向けて貯蓄を行うという自助努力を行っているが,労働力人口の減少はその貯蓄の収益率を下げ,自助努力の基盤を揺るがすことになりかねない。
実際に働き手の割合はどの程度低下していくのだろうか。ここでは働き手の人口の概数を20歳から64歳までの人口としてとらえ,「生産活動年齢人口」と呼ぶこととする。総人口に占める生産活動年齢人口の割合の過去の推移をみると,1950年には49.4%であったのが,70年には60.3%に上昇し,その後,漸増して95年には62.6%になった(第I-1-20図)。この間,65歳以上の高齢者の割合は高まってきたが,20歳未満の年少者の割合が低下してきたため,全体としては生産活動年齢人口の割合が高まってきた。このように,これまでは,消費する人口よりも生産する人口の方が高い伸びをみせてきた。
しかし,今後,21世紀に入ると,高齢者の急増に伴って生産活動年齢人口の割合は急速に低下していく。上記の人口推計では,2010年には59%,2020年には55%へと低下すると見込まれ,今後,この割合が低下していくという我が国がこれまで経験したことのない時代を迎えつつある。
(女性労働力の活用)
このことから,労働力を可能な限り確保し,その減少を最小限にとどめることが重要な課題となる。そのためには生産活動年齢人口のうち,実際に生産活動に従事する人の割合を高めることが必要となる。この点で,女性の労働カへの期待が高まっている。男性のうち,25歳から59歳までの層の労働力率はほぼ100%に近く,これ以上は高めようがないからである。
また,労働力を単に量的に確保するだけでなく,その質的な向上を図り,労働生産性を上げていくことも重要である。この点についても,女性労働力への期待は小さくない。一般に女性労働力は,種々の制約のために,現状ではその潜在的な能力をまだ十分に発揮していないとみられるからである。
そのためにも,女性が社会のあらゆる分野の活動に参画する機会が確保され,多様な選択肢の中で自己実現を追求できる社会,女性がその能力を十分に発揮できる社会としていくことが不可欠である。
(見直しを迫られる日本的雇用慣行)
我が国の企業では,労働者の勤続年数が長い「長期雇用」,年数や勤続が上昇するにつれて賃金が上昇する「年功賃金」,OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)等企業内での訓練やジョブ・ローテーションによる様々な分野での幅広い熟練の形成やゼネラリストの育成,昇進に差をつける時期を遅くすること等の日本的雇用慣行と呼ばれている雇用慣行が普及・定着している。
現在,女性就業者は,このような日本的雇用慣行の外にいることが多い。本章第1節でみたように,日本的雇用慣行が最も典型的にみられる大企業では女性は少ない。特に,年齢が上がるにつれ,その傾向が強まり,大企業に勤めた女性もその多くは大企業での就業は比較的若年のうちに終え,また再就職するにしても大企業に復帰することが多くないことがうかがわれる。また,第2節3.でみたようにパートタイマーが増えてきている。第2節4.でみたように,専門職や資格職に女性は進出している。さらに,第2章で述べるように,国際面にも進出している。
今後,女性の労働力を量的に確保し,かつ質的にも向上させていくためには,現在のように中心的な雇用システムの外側で女性を活用するのでは不十分である。そのことは,日本的雇用慣行自体が,女性に開かれたものになるよう見直しを求められていることを示唆していよう。
女性の社会への進出が目覚しいが,近年以降我が国の各界における女性の先駆者をわずかであるが紹介したい(敬称略)。
○初の女子美術学生(1876年) 山下りん 官立工部美術学校
○初の女性洋画家(1882年) 清原玉 イタリアで数々の受賞
○初の速記者(1889年) 大沢豊子
○初の職業作家(1892年) 樋口一葉 「闇桜」でデビュー
○初の女性新聞記者(1897年) 羽仁もとこ 報知新聞
○初の女優(1902年) 川上貞奴
○初の女性オペラ歌手(1903年)吉川やま・三浦環・宮脇せん 日本最初の歌劇「オルフェウス」に出演
○女性による初の文芸雑誌(1911年) 平塚らいてう 「青とう」
○初の女性運動団体(1920年) 市川房枝 平塚らいてう 「新婦人協会」
○初の母子養護施設(1921年) 徳永ゆき 「母の家」
○初の番組プロデューサー(1926年)大沢豊子 「東京放送局」
○初の女性博士(1927年)保井コノ子 論文は,「植物の遺伝学研究」ほか
○初の女性メダリスト(1928年)人見絹代 第9回オリンピックアムステルダム大会800m競争で2位
○初の女性小学校校長(1931年)木内きょう子 東京府北豊島郡志村第一尋常小学校
○初の女性芥川賞(1939年) 中里恒子「乗合馬車」
○初の女性弁護士(1940年) 久米愛
○初の婦人参政権(1946年) 女性有権者約2150万人 投票率68% なお,女性立候補者83名中39名が当選し,同時に初の女性国会議員誕生
○初の女性文化勲章(1948年) 上村松園 日本画
○初の判事補(1949年) 石渡満子 なお,初の高裁判事は,74年野田愛子が東京高裁,最高裁判事は,94年高橋久子
○初の女性学部長(1949年) 波多腰ヤス 奈良女子大理家政学部
○初の女性検事(1949年) 門上千恵子 東京地検
○初の女性大臣(1960年) 中山マサ 厚生大臣
○世界で女性初のアルプス3大北壁制覇(1971年) 今井通子 なお,日本女性登山隊のエベレスト初登頂は,75年田部井淳子
○初の女性公使(1975年) 緒方貞子 国連代表部女性公使 なお,初の女性大使は,80年高橋展子デンマーク大使
○初の女性市長(1991年) 北村春江 兵庫県尼崎市市長
○初の女性衆議院議長(1993年) 土井たか子
○女性初の宇宙飛行士(1994年) 向井千秋 スペースシャトルコロンビア
○初の女性国立大学学長(1997年) 丹羽雅子 奈良女子大学
○初の女性事務次官(1997年) 松原亘子 労働省
(備考)有斐閣「女性のデータブック」,岩波書店「近代日本総合年表」,騎虎書房「日本一ブック'96」により作成。